Vampire, Sweetheart

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5


部屋に飛び込んで来たミッターマイヤーに、ロイエンタールは胸の高鳴りを覚えた。
まるで初夏のツバメが、飛び込んで来たようだ。

ミッターマイヤーは夢中で、昨夜見たというソリヴィジョンの事を語り、自分が泊まった部屋と先祖の縁を語った。
あの古城が数百年前からロイエンタール家の所有と分かると、きっと200年前に祖先がロイエンタール家の先祖を訪ねたに違いないと興奮して言った。
今度記録を調べてみようというと、透明なグレイの瞳が生き生きと輝き、俺も手伝おうと申し出た。
好奇心を抑えられないたちと見える。
ロイエンタールは、この週末に、再び屋敷に招待する事を約束した。
ミッターマイヤーの顔には、満面の笑みが広がった。
その笑顔に心まで撃ち抜かれそうになる。
眩しそうに目を細めるロイエンタールを、若者はきょとんとした顔で見た。
自分がどれほどロイエンタールの心をざわつかせているのか、知りもしないという風に。

戦場では一分の隙もないほど果敢な帝国軍人であるミッターマイヤーが、普段は子供のような屈託のない笑顔を向ける、その落差が多くの人を惹きつけていた。
同じ名を持つこの若者は、本当にミッターマイヤーに良く似ている。
ミッターマイヤーに比べるとやや軽率な所はあるが、それも今の時勢では仕方がない。
時の流れは人の気風に表れる。
だが、容貌、声、ちょっとした仕草は、本当に友が生きて目の前にいるかのようだ。
どのような遺伝子の悪戯だろうと、ロイエンタールは若者を見るたび感慨に耽る。



あの部屋に横たわり、安らかな寝息をたてている姿を見た瞬間、ロイエンタールはこの若者を手に入れたいと願った。
ウォルフガング・ミッターマイヤーを、ついに自分だけのものにできるのだ。
もちろんあのミッターマイヤーは戻っては来ない。
若者はただの器だ。
それでもかまわなかった。
喉を切り若者の血を味わった時、あまりの甘美さに酔いしれた。
同じ顔、同じ声、同じ仕草の彼に、血を分け与え、契約を交わし、閉じこめて、永遠に共に生きる。
そのための儀式だ。

だが、月光の中に浮かび上がる若者は、あまりにも愛しい友に似すぎていた。
もし力付くで奪えば、ミッターマイヤーはどれほど哀しむだろうか。
これはただの儀式ではない。
永遠に、この世との別れを意味するのだ。
あの生き生きとしたミッターマイヤーを、終わりのない闇に引きずりこむなどと言うことが許されるのだろうか。
そう思うとロイエンタールは躊躇した。
ミッターマイヤーと同じ顔の若者は、恐怖に震えていても、毅然とした目の輝きは失っていなかった。
どんなに別の人間だと言い聞かせても、同じ色の明眸で見つめられると、ロイエンタールの中に狂おしいほどの愛おしさが沸き上がり、たまらなくなった。


もう少し待っても良い。
ロイエンタールはそう思い直した。
若者はすでに彼の手の中にある。
急ぐことはない。
いつでも、やろうと思えばできるのだ。

若者が屋根裏で見つけた旧いソリビジョンの話を聞いた時、ロイエンタールの胸は、懐かしさと甘い痛みに締め付けられた。
友は、あの映像をずっと保管してくれていたのだ。
あれは他ならぬロイエンタールが映したものだった。
二人で基地の視察に行った時、軍からソリヴィジョンの機器を貸与されたのだ。
映像係を同行させろと言われたが、ミッターマイヤーと二人だけで行きたかったので断った。
視察が終わったあと、家に持ち帰って、ついでに泊まって行ったミッターマイヤーを、翌朝からかいながら映した。
寝起きを急襲された友は膨れ面になって不機嫌になったが、終いには笑いだし、ロイエンタールの腕の中に収まった。
それは親愛の包容であったが、彼は受け入れてくれた。
彼は、何でも許してくれたのだ。


あの部屋は、すべてロイエンタールが友のために用意したものだ。
初めてあの城に泊まったミッターマイヤーは、城に光が少ない事に驚いた。
しかし友は空疎な部屋たちを支配する陰鬱さを、城の持つ歴史的価値と保存のためだと好意的に解釈していた。
ロイエンタール自身は豪奢な生活を送っていたが、城の中は父から受け継いだまま放っておいたのだ。
父親は黒い髪をした母親のために、最高級の家具や絵画を買い集め、屋敷中を毒々しい暗色にしつらえていた。
濡れた鴉のような黒、血のようなピジョン・ブラッド、重厚なマホガニーと冷たい石のモチーフ、そうした色合いは、確かにあの女に似合っていたのだ。
そして、母へ媚びるためにと父が散財するたびに、母は心のこもらない感謝の言葉を口にしたが、態度は冷ややかだった。
彼女は父の財産を愛していたが、その趣味は軽蔑していた。
父が金をかければかけるほど、母の心は父から離れた。
豪奢な調度品を集めれば集めるほど、家の中は寒々しくなっていった。
そのような部屋にミッターマイヤーを泊めた事を、ロイエンタールは悔いた。


友に相応しい部屋にするために、東向きに窓をつくり、蜂蜜色の髪と薄い雲のようなグレイの瞳が映えるような空色と白、愛らしい小花模様、心が落ち着く絵画、天使のモチーフを入れ、野の花を一輪飾らせた。
まるで自分らしくないしつらえだが、少年のような友には似合うだろう。
途中で彼は、自分が父と同じ事をやっていると気づいた。
母の歓心をかおうと、なりふり構わず何でも与えていた父親に。

次に友が訪問した時、ロイエンタールは、彼のためにこの部屋をつくったとはおくびにも出さなかった。
わざわざこのために手間を、金をかけたと知れれば、母のように拒絶されるかもしれない。
だが、明るい陽光の射す客間に入ったミッターマイヤーは、見違えるようになった部屋を見て、素直に喜びを表した。
子供向けのホテルのような内装を誉め、花瓶の花に触れ、開け放った窓から入る大気を吸い込んだ。
きっと客が増えるだろうと、友は笑った。
だが、ロイエンタールは、目の前で自分を見上げている友以外、誰もこの部屋に入れる気はなかった。
天空の青の中で微笑む友は、まるで天使のようにロイエンタールの色の違う瞳に映った。



あの若者は、数百年ぶりの客であった。
彼はまた、週末に訪れる事になっている。
最高のワインを開け、使用人に花を摘んで来させねばなるまい。
野に咲いている愛らしい小さな花が、ミッターマイヤーにはいちばん似合っている。

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