4

| | back


翌日、男の名前は、アッサリと判明した。

少し仮眠をとっただけで署に顔を出したミッターマイヤーは、同僚のミュラーから、その名を聞かされた。
自分のデスクでコーヒーとデニッシュの朝食をとっているミュラーは、まだ若く、誰よりも早く出勤してきていた。

「あの界隈で、両の目の色が違うなんて特徴あるのは、ロイエンタールしかいませんよ」

ミュラーは礼儀正しさは崩さなかったが、転任してきたばかりのミッターマイヤーに気を使ってか、いろいろと親切だった。

オスカー・フォン・ロイエンタール。

今、この街で勢力を伸ばしつつあるローエングラム・ファミリーの最高幹部。

「ローエングラム・ファミリーはご存じですよね?」
ミュラーの問いに、ミッターマイヤーはうなずいた。

この街の複雑な利権をめぐっては、いくつかの組織が暗躍し、激しい抗争があちこちで起きている。
刑事課のミッターマイヤーはそうしたアウトロー勢力は直接の担当ではなかったが、強盗や殺人といった凶悪犯罪と組織は切っても切れない関係にあった。

「確か、まだ若いのが仕切ってるんだよな?」
ポットから自分のコーヒーを煎れた、ミッターマイヤーはミュラーの横の開いている椅子に腰を降ろした。

「ええ、ラインハルト・フォン・ローエングラムという20代前半の綺麗な男だそうですよ。男に綺麗というのもおかしいですが……」
だいいち、ちゃんとラインハルトの姿を見た者も少ないのだ。
「なんだか都市伝説みたいな話だなあ…」
ミッターマイヤー自身、昨夜の事はまるで夢の中の事のような気がする……左腕の傷跡さえなければ。

「いえ、マル暴対策課の連中が言うんだから、ラインハルト・フォン・ローエングラムの容姿に間違いないでしょう。とにかく彼が現れてから、街の勢力図は一変しました。旧勢力を次々倒し、着々と街での支配力を強めてます。今はまだこの街の中だけの有名人という感じですが、そのうち中央にも名前は知れ渡るでしょうね」

「その幹部か……」
昨日の男が、周囲と全く違う雰囲気を放っていたのもうなずける。

「ええ。若くて有能な構成員を集まっているらしいですが、その中で最高幹部と言われるのが数人います」
ミュラーは指を折って数えた。
「ファミリーのNo.2のキルヒアイス、参謀格のオーベルシュタイン…。ロイエンタールはかなり格が高い、No.3と言ってもいいんじゃないですかね。……もっとも、彼らには常に厳重な護衛がついていますから滅多な事では姿も見せないし、クスリなどのケチな犯罪に手を出して捕まるような事もありませんから、警察の方も実体はほとんどわかっていません。ここに来てまだ日も浅いのに本物に遭遇するなんて、さすがですねえ」
彼らはよほどこの街では有名人なのか、ミュラーは妙に(?)興奮していた。

「運がいい…のかなあ?」
ミッターマイヤーは昨夜の事をぼんやり思い出していた。

刑事としてそれなりに経験を積んでいれば、昨夜のあの店が闇組織によって経営されている事は察しがつく。
中で何が行われていようと、有名人の客ばかりでは、警察がうかつに手を出せないであろう事も予想がついた。
ロイエンタールも、店の者達も、間違いなくミッターマイヤーが警察官であると気がついていた。
よく、無事で戻ってこれたものだ。
もっとも、違法クラブの取り締まりは刑事課のミッターマイヤーの管轄外であったから、中で殺人などの直接的な凶悪犯罪が起きないかぎり、あの店を捜査する権限はミッターマイヤーにはないのだが。


冷めかけたコーヒーをすすったミュラーは、次に声をやや潜めた。
「それと、本当はこんなこと言ってはいけないんでしょうけど、現場の中にはローエングラム・ファミリーを歓迎してる連中もいるんですよ」
「……と、言うと?」
「実は、ローエングラム・ファミリーが幅を利かせるようになってから、街の治安はかえって良くなっているんです。無駄な破壊活動で、経済を混乱させる事もありませんし、グループ同士の小競り合いも減りました。我々警察が出て行くより、ファミリーの制裁の方が怖いらしく、チンピラたちはおとなしいもんですよ」
ミュラーは苦笑した。
「まあ、彼らも裏じゃどんな方法で敵対グループを潰しているのかは、わかりませんがね」

話し込んでいるうちに、同僚の刑事たちが次々と出勤してきた。
朝っぱらから大声を出しているミュラーの相棒のビッテンフェルトも姿を見せた。

ミッターマイヤーはミュラーに礼を言ってから、その日の聞き込みに出た。

| | back