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9


午後になると、ローエングラム侯直々のお声掛かりというコルネリアス・ルッツ中将が来て、射撃を教えてくれるという。
これは大いにウォルフを喜ばせた。
あの!ローエングラム侯が寄越してくれた!ルッツ中将が来てくれた!俺なんかのために!(庶民感)
銃を持つのは初めてだったが、一度は使ってみたかったのである。
やっぱ、銃って男の憧れだし!

ルッツ中将は、20代後半という年齢の割に渋みのある顔つきで、落ち着いた雰囲気の人であった。
軍人というのは、ロイエンタール上級大将のように、自然とこちらが取るに足りない人間であるかのように威圧する空気を持つ人ばかりなのではないかと警戒していただけに、ウォルフはやや安心した。

ロイエンタール邸の庭にある射撃場で(そんなものが屋敷に完備されてるんです)、ブラスター銃の使い方を教わったが、コツを掴むと割と楽に扱えるようになった。
「これは……ずいぶん上達が早いなあ」
ルッツ中将が腰に手を当て、誉めてくれた。
お世辞かもしれないが、午前中の書斎での授業では、ずっと嫌みを言われ続けていたので、ウォルフは少しだけ自信を回復させた。
「昔から、動態視力も良いって言われるんです」
調子に乗ってちょっと自慢してみたが、ルッツ中将は嫌な顔もせず「うん、そうだろうなあ、君は筋がいい」などと真面目にうなずいてくれる。

……偉ぶらないし、何て良い人だろう。

この屋敷の主とは大違いだ、と借金をかぶってもらっている身のくせにウォルフは考えたが、まあ、この屋敷の主人もあれだけ恵まれた外見をしていれば、他人を見下すようにもなるのだろう。
だが、次にルッツが放った言葉で、射撃練習が始まってからのウォルフの良い気分は全て超新星爆発のごとく吹っ飛んでしまった。
「さすがにロイエンタール提督がご寵愛されるだけあるね。なよなよした美少年でなく武芸にも秀でているとは、素晴らしい」
「は?」
今、何と。
ちょ、寵愛?
「ああ、ロイエンタール提督が気に入って金まで払ってご自分のものにされた子だからね、どんな少年なのかと昨日からその噂で持ちきりだったので、私も君と会えるのを楽しみにしていたんだ。まあ愛人だのお稚児さんだのなんて説はみな信じてはいないが、何しろロイエンタール提督は女性に飽きるぐらいモテておられるから、こういう話が出るのはやっかみもあるんだろうなあ……」
「な、何なんですか、その話はっ」
「え、いや、私も小耳に挟んだ程度だが…」

こうしてウォルフは、宮廷で流れている噂や、ロイエンタールの謹慎の経緯を耳にしたのである。




ルッツの帰り際に、ロイエンタールが姿を見せた。
「このたびは災難だったな」
「まあな、どこへも出られんので退屈で困っている」
ルッツ中将と短い挨拶と握手を交わし送り出すと、彼はウォルフの方に向きなおった。
「剣の稽古をつけてやるから、支度しろ」
相変わらず、黄泉の国の王が地底の生物に声をかけるがごとき物言いである。
「剣…ですか?」
それはまた古風な。
「そうだ、お前らのような身分だと銃を持つことは滅多に許されないからな、もしもの時は剣で戦うんだ」
「戦う…?」
「当たり前だろう、何のための侍従だ。暗殺犯に出くわしたらまずお前が盾になって俺やローエングラム侯を救うのだぞ」
……やはり、自分の命は紙より軽いようである。

「それより、ロイエンタール提督……あ、あ、あ、あの……」
非常に、切り出しにくい問題ではあるが、やはり誤解は解いておきたいもの。
ウォルフは先ほどルッツから聞いた宮中の噂なるものを、顔から火が吹き出そうに恥ずかしいのをこらえ、口ごもりながら告げた。
「で、だから?」
ロイエンタールが顔色一つ替えないので、突拍子がなさすぎて、話が通じてないのかと思ったくらいだ。
「えっと……つまり俺のヘマで怒られてた所を助けて頂いただけなのに、ちょ、ちょ、寵愛とか、お、お、お稚児さんとか言われてるのは良くないんで、ちゃんと皆さまに説明を……」
「俺から釈明しろと?身に覚えもないのにそんな面倒な事は必要ない。バカ共には好きなだけ言わせておけば良い」
や、良くないよ、ちっとも!
「でもこのままでは提督のお名前にも傷が……」
ついでに俺の名にも傷が。
「こんなつまらん事、一ヶ月もすればみな忘れる。それよりもお前には覚えてもらう事が山のようにあるのだ」
いわゆるとりつく島もないという奴で、ロイエンタールはさっさと闘技場(そんなものが屋敷に以下略)へと歩いて行ってしまう。


何だか破滅的な人だなあ……。
ウォルフはため息をついて、後に従った。
誤解されたままでも、言わせておけばいいなんて、人間、とてもそこまで鋼のように強くはなれないものだ。
何となく世間で囁かれる女性との噂も、この人が否定しないから勝手に広まってる類のもあるんじゃないか、そんな疑問も湧いて来るものである。

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