← → back
7
こうして、ロイエンタール邸の客間で、オスカー・フォン・ロイエンタールと、ウォルフガング・ミッターマイヤーは二度目の対面を果たしたのであるが、ウォルフは前回、九死に一生(?)を得た後、自分が助かるきっかけになったロイエンタール上級大将についての情報(巷のゴシップ雑誌に載っている程度の事)を、いろいろと得ていた。
喉元過ぎれば何とやらで、だって有名人に会ったんだから、ちょっとは友達に自慢したいし?
以前はこうした雑誌やインターネット上での、軍部や宮廷や政治家の噂などはタブーであったが、最近は帝国の統治もかなり乱れているらしく(と酒場で爺様たちが嘆いていた)、ちょっと調べると様々な情報が出てくる。
といっても、下々の者の目に重要機密が入るわけはなくどれも暇ネタ程度のものなので、ウォルフは自分がロイエンタールの謹慎理由の一つになっている事など、知る由もないのだが。
そんな街の今一番の関心と言えば、ローエングラム侯の元帥府に居並ぶ綺羅星のごとき提督たちである。
黴臭い貴族の軍人が庶民の人気を博すなどという事は、これまでありえなかったのだが、何しろローエングラム麾下の提督たちは、美しき軍神のようなラインハルト様を筆頭に、みんな若い!ハンサム!いろんなタイプがよりどりみどり!
とくれば、世の女性たちの注目を集めないわけがない。
それに、下級貴族や平民出身の提督が多いせいか、情報統制が比較的ユルい、開かれた元帥府なのだ。
こうしたローエングラム麾下の提督達が雑誌のグラビアを飾り、巷の女性達は「ああ〜ラインハルト様!存在自体が麗しいわ!」「私はキルヒアイス様が好き!もしつきあえたら優しくしてくれそうじゃない?」と映画スターに憧れるように、好き勝手に頭の中で偶像をつくりあげては胸を踊らせている。
その中で、ロイエンタール上級大将は、大スターであった。
いや、対マスコミという点に限れば、ローエングラム侯を凌ぐかもしれない特上のスターである。
貴族階級の貴公子、特上のハンサム、あまりにも有名な美しい金銀妖瞳、そして何より女性関係のゴシップ記事に事欠かない。
社交界の華と言われる貴族の未亡人と浮き名を流したかと思えば、新進の舞台女優とパーティーに現れる。
不思議なのは、派手な私生活の割に、だらしない雰囲気はなくどの雑誌も好意的で、熱狂的なファンが多い。
独身で二股などはしない主義らしいのだが、何よりも、この美貌、風格であり、噂によると巨額の財産や私有地を持っている事から、こりゃモテるのも当然だわ、負けたよ、という空気を醸し出しているのかもしれない。
さて、そんなどうでも良い事前情報を持ってロイエンタールと対面したウォルフであったが、実物を前にすると全てが吹っ飛んで頭の中は真っ白になってしまった。
何しろ、前回は情けない事にひたすら土下座させられていて、きちんと姿を見たわけではない。
ただ、一度顔をあげた時に見えた、噂のヘテロクロミアがしっかりと脳裏に焼き付いていた。
ところが、今、目の前に対峙してみると、その冷ややかな美貌は圧倒的であった。
芸術的な素養のまるでないウォルフが、神話に出てくる闇の王のようだ、と、詩人のような事を考えてしまったくらいである。
ロイエンタール上級大将は、歌うような美しい抑揚の帝国公用語を喋った。
思わず聞き惚れるような、耳に残る声だ。
「………は?」
見とれていて話されている内容がイマイチ頭に入っていなかったのだが、何やら不穏な単語が耳に入り、思わずウォルフは聞き返した。
……借金……とか、言ってなかったか?
ロイエンタールの眉間に縦皺が寄り、分かりやすく侮蔑の表情がその端正な顔に浮かんだ。
「お前には貸しがある、それはわかっているな?」
「………」
やべえ、来た来た、来たよ、一番恐れていた事が。
「それを、働いて返してもらう」
「働く……?」
「一週間後、お前は元帥府に出仕する、俺の侍従としてな。それまでに必要な事を身につけてもらおう、一週間でだ」
「元帥府に、ですか、俺が?」
「そうだ」
どんな無理難題(それこそ命で償えとかさ……)を押しつけられるかと身構えていたウォルフは、それを聞いてほんのちょっぴり安堵した。
だが、元帥府に出仕、とは?
「あ、あの、俺なんかが軍のお役に立てるとはとても…」
「お前に拒む権利はない」
そこでウォルフは、この前ロイエンタールが破り捨てた契約書の金額を聞かされた。
ウォルフに取って、それは天文学的数字だった。
事実どこかの惑星の衛星ぐらいなら買える金額だろう。
「どうせ、お前には一生かかっても返せない額だろう?」
黒と青の瞳で文字通り上から見下し、冷酷な笑みを湛えるロイエンタールは、とても同じ人間には見えなかった。
この男は魔王だ。
そして自分は奴隷のようなものだ。
それも終身奴隷。
ウォルフは頭がくらくらしてきた。
昨日までと、天地がひっくり返ってしまったのだ。
← → back