淡いだけのアルコール

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近ごろは、士官専用のこのクラブで、オスカー・フォン・ロイエンタールと、ウォルフガング・ミッターマイヤーが肩を並べて飲んでいる事が、ごく自然で当たり前の光景になりつつある。

数ヶ月前、最初に2人が一緒にこのクラブに入ってきた時には、あまりにも正反対であるがゆえに、どうしてこの2人が、といぶかしむ目で見られたのは無理もない。

どちらも能力が高く、共に作戦行動をすると成功率が高い。
だが、俗に、両雄並び立たずとも言う。
仕事上の相性は良くとも、いや高いレベルで同等の力を持っていればいるだけ、互いの中にはあまり立ち入らないという関係は多い。
そんな中、この2人は互いに互いを認め合い、なおかつ私生活でもおおいに気が合う、という、ありそうでないケースである。


周囲からの注視をヨソに、今日も2人はバーのカウンターで並んで酒を酌み交わしていた。

そんな時でも、有名な女ったらしとして基地中の男たちの僻みを誘発していたロイエンタールは、なるほどグラスを傾ける姿が優雅であり、まだ若いのに気障な仕草が堂に入っている。
これなら女たちが夢中になるのも無理はない、と周囲の者は悔しいながらに負けを認めてしまうのだ。

だが、ある時期から遠巻きにしているギャラリー達は、ミッターマイヤーの態度がおかしい、と何となく気づく。
いや、おかしいというのは語弊がある。
ミッターマイヤーはずっと自然体だった、人目も全く頓着していないようだ。

つまり、ロイエンタールと一緒にいるのになぜ、という疑問である。

ロイエンタールは、何かと自分より小柄なミッターマイヤーの肩に手を回したり、髪を撫でたりする。
近すぎる距離感で、耳にくちびるを寄せて何かを囁いたり、夜を思わせる金銀妖瞳でじっと見つめたりしている。
たまに、女を口説いているのではないかというような台詞をミッターマイヤーに吐く。
「卿の瞳は美しいな」とかなんとか。
見ている方が赤面するような事をしれっと言うので、時間がたってから関係ない人間が思い出してこっ恥ずかしくなってしまうほどだ(うっわ、こんなの至近距離で言われたら、女はすぐに墜ちるわ…と)。

ところが、当のミッターマイヤー少しも動じる様子もなく、ケロリとしている。

その様子が基地内の士官たちの間で、最近は話題になっている。
なぜ、あんな意味ありげな流し目やなれなれしい囁きを日々受けていて、平気でいられるのか。
堅物のミッターマイヤーにまるで女っ気がない事から、駆け引きに長けているというわけでもないだろう。
もしやミッターマイヤーのハートは鋼鉄製なのか、それとも単に未発育なだけであろうか?

こうして、この目立つ2人組は、噂好きの士官達の格好の餌になっているのだった。




ロイエンタールは、周囲が噂しているよりも更に深くミッターマイヤーに傾倒していた。

初めて出逢ってから、彼となら、共に歩んで行けるという思いがひましに強くなっている。

ミッターマイヤーの果断な行動力と、あまり融通のきかない正義感、嘘の言えない素直さを、ロイエンタールは、むしろ高貴なものだ考えていた。
自分とは似てはいない。
だが、自分と魂が近いのだと思う。
この友を彼は誇りに感じていた。
他人をこんなに身近に思う事は、今までなかった事だ。


だが、それ以外の行動様式は、ロイエンタールを驚かせる事が多々あった。

ロイエンタールが髪に触れたり、何か言いたげな眼差しで見つめても、ミッターマイヤーは一向に平気なのであった。
どんなに高慢な女でも、ロイエンタールが見つめれば今まで墜ちなかった女はいない。
ある意味、彼は楽なつきあいばかりしてきた。

むろん、性的な意味あいでミッターマイヤーに触れていたわけではないが、ロイエンタールが他人に、というより女に触れる時は、つまりは、そうした交わりを意味するものだと思っていた。
男の親友など持った事のない彼は、そんな女たちとのつきあいしか、してこなかったのである。

だが、ある時気づいたのだが、ミッターマイヤーにとって、おそらく子供の頃から髪を撫でられたり、真っ直ぐ人の目を見て話したり、友と肩を組んだりすることは、何も特別な事ではないのだ。

何もかもが、彼と正反対なのだと、折に触れ感じる。
魂が同じ高みにいる、最初はそれだけで良かったはずなのに。




真夜中、帰り道を2人で官舎に戻る。
酔った体を支え合おうと、互いに肩を抱き寄せあう。
ミッターマイヤーの部屋の前まで来ると、何となく別れ難く感じた。
アルコールに上気した彼の顔が間近にあり、思わずその額に唇をつけた。
友愛のキス、愛情のキス。
自分でもどちらなのか、わからなかった。
境界線がどんどん曖昧になっている。

「ばっ、ばかっ!」
唇に触れようとすると、さすがに慌てたミッターマイヤーから突き飛ばされた。
「誰と勘違いしてんだよっ」
ミッターマイヤーが、接触にほぼ初めて怒った事より、見たこともないほど顔を真っ赤にしている事の方にロイエンタールは唖然とした。
まさに、茹で蛸の、というような形容ができるほど、顔中が紅色だった。

「わ、笑うな!」
自分でも頭に血が上っていると解っているのだろう、ミッターマイヤーはぷいっと拗ねた顔で乱暴にドアを開けると、自分の部屋に入ってしまった。

閉じたドアを見ながらも、つい口元が緩んでしまうのを押さえられない。
明日になったら詫びて、また一杯奢ってやらねば。
全てを淡い酔いのせいにして。
それよりも、さっきの真っ赤になった表情を思い出すと、たまらないほど愛おしさがわいてくる。



ミッターマイヤーの思いがけないほどうぶな反応を引き出した事に、ロイエンタールは、不意に自分でも手がつけられないような感情を覚えた。
彼があまりにまっさらで、胸が苦しい。

もっと困らせてやりたくなる。
もっと困らせて、ぐしゃぐしゃにしてやりたくなる。
幼い潤んだ目でこちらを見る彼が、きっと、もっと愛おしくなる。

自分の中に相反する2人の人間がいる、とロイエンタールは思った。
友を誇りにし大事にしたいと思う自分と、もっと困らせてこちらを向かせてやりたいと思う自分と。

さし当たり明日になったら、真っ赤になって怒る彼にどんないいわけをしようかと、立ち止まり夜風に吹かれながらロイエンタールは考えた。


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