羽を弾く色を散らす-1

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遅れて来たロイエンタールは、部屋に充満している悪ふざけの空気から、何か良からぬ企みが進行している事に、すぐに気づいた。

その日は幹部提督のみで、このクラブで会合(という名の飲み会)が行われていた。
古き良き時代の、紳士の風習を色濃く残す高級クラブである。
どっしりとした重厚感のある古風な木造で、厳重なセキュリティに護られていながら、そうと悟らせない静かな配慮がなされている。
軍では、将官しか利用する事を許されていない。
当然、女性などはクラブ開設以来いっさい入室が禁じられており、羽目をハズした荒っぽい騒ぎ方はできないが、部下の目もなく、秘密めいた居心地の良さがある。

ゆったりとした革張りのソファの中央にミッターマイヤーが座していた。
が、ロイエンタールが姿を見せると、隣に座していたビッテンフェルトが急にミッターマイヤーの肩を抱き寄、そこに顎を乗せるようにして寄りかかった。
常にない馴れ馴れしい振る舞いに、ロイエンタールは眉をひそめた。
空気に、濃密なアルコールの匂いが立ちこめている。
「遅かったな!」
ミッターマイヤーは友の顔を見ると、無邪気に顔を綻ばせた。

自覚がないようであるが、軍幹部の中でも一人だけ頭一つ小柄で童顔のミッターマイヤーは、こうした席では、ふと、ませて少し背伸びした子供が迷い込んでいるような錯覚を与える。
成熟した提督たちに囲まれていると、尚更である。
戦場では、その若々しい衒いの無さは、颯爽たる気概と映り、兵士たちから熱のこもった敬愛の対象となった。
しかし、このような場でのミッターマイヤーの邪気の無さは、驚くほど無防備に通ずる。
酒が入ると、少年らしさを残す頬から顎にかけての皮膚が薄紅に染まり、大きな瞳が甘く緩められて、少し垂れ目に見える。
この強気な凛とした瞳が、ふとした瞬間に甘えたように薄く煙って潤むのが、ロイエンタールは好きであるが、今はそれどころではない。

ビッテンフェルトは調子に乗ってか、ニヤニヤ笑いながら、ミッターマイヤーの膝にそのオレンジの燃えるような髪を乗せる。
周囲の者が忍び笑いを漏らしている所を見ると、おそらくロイエンタールの忍耐を試す賭けでもなされたのか、それとも怖い物知らずのビッテンフェルトに対してか、どちらにしろ、この場にいる者達の共謀して仕組んだ芝居であろう。
ミッターマイヤーはとろんとした顔で、おそらく無意識に、ビッテンフェルトの髪に指を差し入れ、大型犬でも撫でるような仕草をする。
こちらも酔っているビッテンフェルトが、膝の上で転がるようにげらげらと笑い声を立て、隣にいたワーレンが苦笑を漏らす。
空のボトルが並んでいる所を見ると、全員がかなり酒を過ごしていて、その場でみなすっかり気を許している。

ロイエンタールは、苦々しい顔になり舌打ちした。
行動を読まれているのは面白くはないが、実際彼らの思惑の通り、彼は狼狽していた。
喉元に塊を飲み込んだように、一瞬口を固く引き結んだ。

「悪いが、帰らせてもらう」
中央にいたミッターマイヤーの後ろに回って、くったりとしている両腕を、すくうように乱暴に立ち上がらせた。
支えを失ったビッテンフェルトが、ガクリとソファの下に転げ落ちる。
その場のみなが、ロイエンタールの唐突な行動に驚いたように動きを止めた。
「おいおい、来たばかりだろう」
背後の声を無視し、ミッターマイヤーを連れ、部屋を出る。


「どうして帰らなきゃならないんだよ、まだ途中だぞ?」
ミッターマイヤーが、不満げに小さな唇を尖らせ、上目遣いで睨みつけるが、ほろ酔いのせいで、きかん気のない駄々っ子のようである。
きっと、なぜ自分が連れ出されたのか分からず、おそらくあの場の企みも関知していない。
脚をもつれさせ、ロイエンタールに腕を引かれながらも、尖らせた唇でぶつぶつ不満を告げるので、口づけで口をふさいで黙らせてやりたくなる。
仏頂面で何も喋らないロイエンタールに焦れるように、、前髪から薄い色の瞳を覗かせる。
女のように男の気を引こうという意思などないのに、自然と生まれついたように、こういう可愛らしい仕草をする。
駆け引きなどまるで知らない純真な顔をして、ロイエンタールを困らせる事にかけては天才なのだ。




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