羽を弾く色を散らす-2

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建物の裏手にある駐車場で、何台か待機しているうちの地上車を一台に、ミッターマイヤーを運び込んだ。
駐車場のセキュリティも、もちろん厳重で、車は幹部専用の大型のものである。

のぼせた顔でぐにゃりとシートに座るミッターマイヤーの背に手を回して支えてやる。
惚けた表情でシートに寄りかかるミッターマイヤーの少し焦点の定まらない瞳が、駐車場の水銀灯の明かりに照らされ、水の中にいるようで、ほとんど櫛を入れない自然のままの蜂蜜色の髪が、ゆらゆらと揺れるように見える。
二番目のボタンまでくつろげた軍服から、花のような薄紅色に染まっている首元が覗いている。
アルコールのせいで熱を持った肌を簡単に晒しているのが腹立たしく、こうして甘やかしているのが馬鹿馬鹿しくなる。
「卿は誰にでも、そんな顔をして見せるのだな」
皮肉な調子で吐き捨てると、独占欲の強い恋人の声に、無防備だったミッターマイヤーの瞳に一瞬毅然と反抗するような光が戻る。
「何を言っているのだ。卿ぐらいだぞ、そんな目で見るのは」
やはり、こいつは俺を困らせる天才だと、ロイエンタールは思う。
自分の中にくすぶっている懊悩に、簡単に火をつけてくれる。
車を発車させる事も忘れ、シートの隅に追い詰めると、あどけなさの残る顎を持ち上げて、何か言いたげに開かれていた唇をキスでふさいだ。
ミッターマイヤーはロイエンタールの胸をを叩き抗議の意志を示すが、いくら車内はゆったりしていると言っても、大の男二人が好きに動けるほどではないので、それが精一杯の抵抗になる。
唇が離れ、至近距離で見つめると、髪を乱し、ますますのぼせ上がったようにたれ目になっている。
口づけの余韻で、ぼんやりしたままのミッターマイヤーの上着のボタンに、手をかける。
「こんな所で、やめろよ…」
後部座席での行きすぎた悪戯に混乱しながら、ミッターマイヤーは嫌々というように首を振った。
狭い空間に押しつけられ、酔いも手伝って両手のきかないまま、ボタンを全て外され、火照った素肌を撫でられると、誰かが来るかもしれないという怖さからか、ひきつったような声をあげる。
誰かに見られるという不安は、ロイエンタールにもあったが、ぎゅっと目を閉じる幼い顔を目の前にすると、欲望よりも、このまま二人でどこかへ行ってしまいたいような思いが突き上げてくる。
唇で耳元から首筋を愛撫しながら、手は感じる所を探り、焦らすように責める。
「いやだ……いやだ……」と浅い息の中で繰り返しながら、ミッターマイヤーの少年めいた顔に、反抗、羞恥、哀願といった様々な表情が次々に浮かびあがる。
やがて、ロイエンタールの巧緻な指の動きに翻弄され、次第に表情に愉悦の色が濃くなってゆく。
唇から漏れる吐息と切れ切れの言葉に、ねだるような甘やかな響きが混じる。
平素は生まれたての潔癖さを持つミッターマイヤーが、自分の与える快楽で、蕩けてゆくこの瞬間が、ロイエンタールはたまらなく好きで、捕まえたと思う。
捕まえて、壊さぬよう、大事にしながら、両手の中に閉じこめてしまいたくなる。
着飾ったような色彩の貴種ではない、サフラン色の翅を持つ可憐な小さい蝶である。
少し力を入れると壊れてしまいそうで、怖々と扱っているつもりなのに、すぐに指の隙間から逃げだして、細やかな鱗粉を散らしながら、ひらひらと自由に野を飛び回り、なかなか手の中に留まってはくれない。
それでも、この瞬間だけは、確かにこの手の中にある。

密閉され熱のこもった車内に、互いの吐息が充満している。
苦しい体勢でロイエンタールを受け入れているミッターマイヤーの躯は、甘く蜜をたたえ震えている。
手の中にずっと閉じこめておきたいのに、いつかは野に放してやらなければならない事を、ロイエンタールはとっくに知っているのだ。



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