暗殺の天使-2



行き先は、寝室だった。

ドサリとベッドの上に乱暴に少年を降ろすと、ロイエンタールは馬乗りになって少年の両手の自由を奪った。
「やめろっ、離せ、離せ!!」
少年は必死に暴れて逃れようとしたが、こうした場数はロイエンタールの方が数段上だった。
「悪いがお前にはしばらくおとなしくしていてもらわんとな……外に出て行って仇だ一族の生き残りだのと騒がれたら、いささか面倒な事になる」
彼は手際よくベッドサイドの脇にあったハンカチで少年の手をひとまとめに縛り上げ、ベッドヘッドに繋いだ。
「これで簡単には動けまい」
拘束してしまうと、少年は意外にあっけなくおとなしくなった。
「どうした、さっきまでの威勢は?」
物足りなさを感じ、ロイエンタールが挑発するように見下ろすと、少年は大きく肩で一度息をしてから、開き直ったようにロイエンタールを見据えた。
「…わかった、こちらも覚悟はできている。殺せ」
「なに…?」
「俺だって子供じゃない。失敗した以上は、おめおめと生きているつもりはない。潔く死ぬ覚悟はできている」
「お前……」
覚悟ができているというのは、嘘偽りではないだろう。
吸い込まれそうに澄んだ、大きな目であった。

おそらく、最初から少年は死を覚悟して、ここに来たのだ。
銃を買う金もなく、あんなおもちゃのような剣ひとつ持って。

ロイエンタールは不意に、妙な気分になった。

おそらく、長いあいだロクなものを食べていない少年の、だぶついた服の下の体は痩せていた。
手は荒れて、指先はがさがさしている。
ここに来るまでそれなりの苦労をしたのだろう。
それを恥じることも、悔いることもなく、少年はありのままそこに居た。

何の疑問もなく与えられた特権を享受し、虚飾にまみれ、周りを見下していた門閥貴族どもとは、全く違う種類の人間だ。

ぼろぼろの衣服をまとっているくせに、誇りだけは、小さな体がはちきれんばかりに持ち合わせているこの少年が、遠い日の父親の記憶だけを手がかりに、一族の尊厳を守ろうとしているのだ。

「さあ、早く殺せ」
少年は、静かに目を閉じた。
彼の中の揺るぎないものが、急にロイエンタールには眩しく感じられた。

まだ骨格の頼りない少年の首に手を置く。
そこに力を入れれば、この少年の存在は闇へと葬り去られるだろう。

だが、ロイエンタールはそうしなかった。
彼は少年の上に多い被さると、その鎖骨をゆっくりとなぞった。
くすぐったいのか、少年の瞼がピクリと動く。
そのまま手を少年のシャツの中へと入れた。
感触を確かめるように撫でると、ロイエンタールはシャツのボタンを一つずつゆっくりはずした。
少年は、目を閉じたままだった。
どのみち両手が拘束されているのでは、大した抵抗もできないだろう。
痩せてはいるが、若いみずみずしい肌が、徐々にさらけ出される。
ロイエンタールは、今まで男の体をいじったことはない。
呼吸にあわせて上下する少年の肌をしばらく鑑賞してから、滑らかな胸を撫で回した。
きれいな薄紅色の突起にときおり触れてみる。

「おい、何をしてるんだ」
少年が目をあけた。
「早く殺せよ、もったいつけるな」
両手を万歳したような格好から、不満そうにこちらをにらみつける。
その目の光は、先ほどと少しも変わらずに曇りがない。

「お前……」
ロイエンタールは、手の動きを止めた。
「自分が何をされていると思っているのだ」
「何って、殺すんだろ?だから早く殺せってば」
少年は真顔であった。

こいつ……。
ロイエンタールは、急におかしくなった。
この状況で、本当に何をされようとしているのか解っていないらしい。
殺める以外に人を辱める方法はいくらでもあるというのに、この少年がまだそれを知らないとは。

「殺しはせぬよ」
「はあ…?」
顔を寄せてきたロイエンタールに、少年の目が見開かれる。
唇に触れようとすると、少年は両手を万歳の形に拘束された格好のまま、慌てて顔をそらせた。

「きっ、気色悪いことするなっ」
「気色悪くはないぞ、そのうち気持ちよくなるはずだ」
胸の突起を強くつまむと、少年は「わあっ」と妙な声をあげた。
「何するんだ、痛いだろっ」
平気で殺せと言い放ったくせに痛いも何もないのだが、ロイエンタールは無視して本格的な愛撫をほどこしだした。

されるがままの少年は、百戦錬磨のロイエンタールの手にかかれば、ひとたまりもない。
最初はくすぐったがったり、痛がったりしていたが、撫で回されているうちに、それまでにない感覚を覚えてきたようである。
「あっ…」
感じる所にあたったのか、あられもない声をあげ、ビクンと体が震えた。
「や、やめろっ、おいっ……」
ロイエンタールが集中的に攻め出すと、若い魚のように不自由な体がベッドで跳ねる。

しかし、ロイエンタールがズボンに手をかけると、さすがに少年もおかしいと気づいたのだろう。
なりふり構わず唯一動く足を蹴り上げて、必死で抵抗してきた。
「何でこんな事するんだよっ、早く殺せばいいだろっ」
「あまり暴れると、足も縛り付けるぞ」
激しく蹴り上げようとする両足をおさえつけると、下着ごとズボンを半分ほどずり下げた。
「……!」
まだ成熟していない下半身を空気に晒され、少年の全身が羞恥に赤く染まる。

「……おい」
急に抵抗がぱたっと止んだので、ロイエンタールも動きを止めた。
どうしたのかと顔をのぞき込むと、少年は全身を震わせながら硬く目を閉じていた。
羞恥のためか、悔しさのためか、閉じたまぶたから涙が一筋こぼれ落ちる。

何も知らない子供相手に、少しやりすぎたようだ。
抑えつけられて、声を殺して涙を流す少年を、ロイエンタールは不思議な気分で見つめた。
奇妙なほど無知で、そのくせ抱えきれないほどの誇りを、大きなグレーの瞳に宿している少年。

「……すまなかった、ちょっとからかっただけだ」
自分でも驚くほど優しい声が出て、少し戸惑いを覚える。
ロイエンタールは、目を閉じたまま涙を流し続けている少年の下着とズボンを戻すと、はだけた上半身をシーツで覆ってやった。
ついで腕の戒めを解いてやると、少年は両腕を交差させ、顔を覆ってしまった。

「……俺を殺すんじゃないのかよ……」
部屋を出ようとした時、目を閉じたままの少年がぽつりとつぶやいた。
「いや……」
ロイエンタールは軽く首を横に振った。

自由にしてやれば、この小鳥は駕籠から出て行ってしまうだろう。
そしてまたどこかで、ロイエンタールの命を狙うかもしれない。

「お前になら、殺されてやってもいいかもしれないな……」
誰にともなく、そうつぶやく。
この少年の方が、俺などよりよほど意味のある生を送りそうだと、どこか乾いた気持ちで考えていた。

疲れが出たのか、少年はじっとベッドに横たわったままだった。
そういえば、何か食わせてやると約束した事を思い出した。
起きたら何か家の者に命じて、何か運ばせてやろう。


かすかな寝息が聞こえてきて、ロイエンタールは静かに扉を閉めた。
まだ何も知らない堅い蕾のような少年に、この続きを教えてやるのも悪くはない。

それがいつの事になるか、それとも永遠にそんな日は来ないのか、解らなかったけれど。




- end -



2012-09-18