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ウォルフは、青い空を見ていた。
鮮やかな青を生み出す成層圏の上に、無限の宇宙が広がっている事を彼は知っていた。
宇宙に船出する事が、彼の夢だった。

しかし、夢はずっと夢のままだった。

彼は地上にいた。

洗いざらしの白いTシャツの上に職人が愛用しているオーバーオールを履き、日射しを避けるためにタオルを頭に巻いて、剪定鋏で伸びすぎた植え込みの枝を刈っていた。

時折、上を見上げては、のどかな空の色と、その向こうにある宙に心を奪われた。


一度、宇宙船乗りになりたいと、両親に訴えた事があった。
しかし返って来たのは、断固とした反対だけであった。
親の跡目を継いで、職人にさせるのが両親の望みだった。
士官学校に入りたいと言うと、平民なんぞがそんな所に行ったって無駄だと鼻で笑われた。
実際にきちんとした士官になれるのは貴族のお坊っちゃま達だけで、平民は一生うだつのあがらない下級兵士のままだと。
「だいいちウォルフ、お前は士官学校の入学規定の身長にも達していない」

それを言われてしまっては、ウォルフは返す言葉もなかった。
彼は士官学校を諦め、高校を卒業した後、父親について造園技師の修行を始めた。

この庭師という職業は、実に……彼には向いていない仕事のような気がした。
まず、美しく均整のとれた庭を造れるような、美的なセンスが彼には皆無だった。
季節ごとに色を変える木々の声を聞いたり、地面に根を降ろした花たちの花びら1枚1枚、葉脈の隅々までつきっきりで観察したり、土壌に気を配るような科学者気質もあまりない。

もっと思い切り体を動かしたり、スリルのある経験をする方が、自分にはあっているように思う。

しかし、今さらこの道を選んでしまった以上、どうにもならない。


19歳の時、彼は徴兵された。
軍隊嫌いの両親は悲しんだが、ウォルフは密かに心を踊らせた。
今度こそ……もしかしたらどこかの艦隊に配属されて、宇宙に出る事ができるかもしれない。
そう期待に胸を膨らませた。


ところが。
宇宙艦隊の本部のある壮麗な建物に出向いたその日、ウォルフに与えられた仕事は、オーディンの軍と政府関係の建物の庭の手入れだった。
ちょうど、軍は専属造園技師の助手を探していた所だったのだ。
結局、どこにいても彼は庭師だった。
2年間、毎日のように代わり映えなく芝と植木の手入れをして、ウォルフの名ばかりの軍隊生活は終わった。

一生、この星から出る事はないかもしれない。
きっと、人には生まれたときから定められた運命があって、どうあがいてもそれに逆らう事はできないのだ。


青い青い空の下、ため息をついて、ウォルフは下を向いた。
だだっ広い貴族の庭園の植え込みが、果てしなく続いている。

植え込みの中央に、一輪だけ白い薔薇があるのを見つけた。

この庭の薔薇園はもっと隅の離れた所にあるはずだ、
なぜ、こんな場所にポツンと隔離されて、一輪だけ咲いているのかは不思議だった。
よく見ると薔薇は開ききって、白い花弁の根本が茶色くなり落ちかけていた。
花の周りにいくつか蕾がついている。
ウォルフは茶色く傷んでいる花を切った。

これで、明日には蕾の一つが開き始めるだろう。
この薔薇は蘇るはずだ。

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