ハツコイの痕跡

  back



相棒は、ロイエンタールから女性の匂いをかぎつけると、たいてい呆れた顔をする。

「卿は、ただ人恋しいのだな」
まだ少年のようなをして、訳知り顔な事を言う。
「結局、一人でいるのが嫌だから、そうやって次から次へと」

ミッターマイヤーと知り合うまで、ロイエンタールの性格を、面と向かって本人の前で評すような人間はいなかった。
ロイエンタールの冷笑を前にすると、皆口をつぐんでしまうので。
それが、ミッターマイヤーが何を言っても平気で許しているのは、自分でもおかしな気分だった。


ミッターマイヤーは、ロイエンタールの派手な女性関係を、からかったり、やっかんだりすることはない。
本気でロイエンタールを心配しているのであった。
女性の事で問題を起こしてロイエンタールが降格され、結果的に彼らは知り合ったのも影響している。
またやったら、今度こそマズい、と、生真面目な彼は考えている。
いちいち口出しはしてこないが、ロイエンタールにいつか本気で愛する人ができて、きちんと身を固めてくれればいいのに、と、本気で彼は思っている。


以前なら、人恋しいからだ、などと言われたら、鼻で笑っていただろう。
だが、それも一理ある、と最近は思っている。



自分がどこか、欠けている人間だということを、ロイエンタールは薄々気がついていた。
セラピストか精神科医にでも行って打ち明ければ、何か病名がつくかもしれない。
なんとか症候群とか、本当に存在しているのかもわからない病の名が。

愛情だとか、友情という気持ちが、彼には欠落していた。
そういった感情が、世の中にあるということは、知っていた。
同僚がどこかの令嬢の事を夢中で語る顔や、ロイエンタールが逢い引きを重ねる女の熱っぽい目つきを見れば、確かにそういう感情が存在することはわかる。

だが、それは自分には無縁のものだと思っていた。
一生、知らなくても不自由しないもののはずだった。


突然、それが訪れた時は軽い衝撃を覚えたが、ようやくわかった、という奇妙な安堵もあった。
ああ、この感じ。
誰かを好きだと思うこと。
自分にも、そんな気持ちが備わっている事に、半ば感動した。
わかって見れば、これは確かに理屈ではない。


ところが、それをおおっぴらにする事は、あまり良くない事だというのも、同時に知った。
何しろ相手が悪い。


これは恋ではない。
これは恋ではない。
頭の中で繰り返し、自分に言い聞かせてみた。

髪を撫でたいとか、声を聞きたいとか、上目づかいの笑顔を見たら骨抜きになってしまうとか、いろいろな欲求があるが、これは決して恋ではない。

そんな事を考えているのが、なんと面倒くさい事か。
この感情を、無くしてしまえば楽になるだろう。
だが、それは簡単に手放せないほど、甘くて心地いい感情だった。

いつか、時がたち、この気持ちが消えて行けばいいと願う。
しかし、共にいる限りは無理だという予感がした。



「そうだな、人恋しいのだ」
ロイエンタールがうなずくと、ミッターマイヤーはため息で応じる。

誰でもいいから側にいてくれればいい。
そう言えば、きっと友はここにいてくれるだろう。

愛しいとか、大切だとかいう気持ちが、突然降って沸いてきて、それを分からせてくれた友が、目の前にいる。
急に黙りこくってしまったロイエンタールを、不思議そうに見上げてくる。

これは恋ではない。
ただ一緒にいたいだけ。
何度も自分に言い聞かせた。

長い長い、最初で最後の恋のはじまりだった。

  back