boys don't cry 1

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 空は朝からどんよりと、今にも泣き出しそうな色をしていた。
 土産物屋においてある絵はがきのような、鮮やかな青い空と穏やかな海風が自慢のこの街には珍しい天気だ。

 市街地ををパトロール中だったレオーネ・アバッキオ巡査が、無線で病院に呼ばれたのは昼過ぎだった。
 海で発見された重体の男性。
 凶器は銃、7発も撃ち込まれていながら、息があるのは奇跡だった。
 この辺りの沖の小島は沿岸警備隊の手もまわらず、外国からの船が違法に発着する密輸の温床になっている。
 この漁師は、おそらくその現場に居合わせたため口封じをされたのだろう、と刑事たちは見ていた。

 アバッキオが到着した時には、集中治療室の前の薄暗い廊下に子供がひとり座っていた。
 おかっぱ頭の、最初は少女かと思ったが、聞けば男の子だという。
 髪に隠れて表情は見えない。少年は無言で両手を握りしめたまま、床に視線を落としている。
 廊下の突き当たりから病院の喧噪が聞こえてくる。
 しかしその場は別世界のように静まり返って、ただ、どこからか、規則正しい時計の秒針の音が、かすかに聞こえてきた。
 やがて病室からトレンチコート姿の刑事が、看護師を伴って現れ、「ブローノ・ブチャラティ」と少年の名を告げた。
「母親とは離婚していてね。そちらは再婚した家族と旅行中だそうで今は連絡が取れない。他に身よりもないようなので、しばらくこの子が落ち着けるような先を探してくれないか」
 なんだよ、託児所じゃねえんだぞ。
 アバッキオは内心で毒づいたが、制服組、まして新人のアバッキオに与えられる仕事といえば、そんなところがせいぜいだ。
 母親のような年齢の看護師が少年の前にかがみこんで同じ目線の高さになると「このお兄さんと一緒に行くのよ」と、人の良さそうな笑みを浮かべる。
 その時、少年が顔をあげた。
 黒い髪が、揺れる。
 日に晒され灼けるのが仕事の漁師の息子とは思えない、青白く聡明な顔立ちをしている。聖職者の息子とでもいった方が納得できるような面差しだった。
「僕はここにいます」
 その言葉は、驚くほどしっかりしていた。
「誰かが父さんについてないと」
「ごめんなさい、病院の規則で夜は外部の人は泊まることができないの。それにお父さんはまだ目を覚まさないわ」
 看護師は諭すようにブローノの髪を撫でた。
「……でも、父さんの友達が言ってました。もし生きてると分かったら、ギャングは決して見逃さないって」
「それは……」
 看護師は困惑して刑事を振り返った。
「大丈夫だ、夜はちゃんと人がついて見張っているから。だいいちまだギャングのせいと決まったわけじゃないんだよ。犯人がわかるのは我々が捜査をしてからだ」
 欺瞞だ。
 アバッキオはどこか醒めた目で刑事を見た。
 銃で何発も撃つなんて、プロの犯罪者以外の仕業とは考えにくい。ギャング相手にどれだけ真剣な捜査をするというのか。
 新人のアバッキオにでさえ、警察のやり方は分かりだしている。
「じゃあ……家に戻ってもいいでしょうか?」
 ブローノは気丈だった。おそらく海沿いの漁師町に、彼と父親の小さな家があるのだろう。
 刑事は軽く首を振って苦笑いした。
「それも規則でね。子供一人でおいておくのは無理なんだ」
「……分かりました」
 ややあって、少年はうなずいた。
「お兄さんと一緒にいます」 
 彼は立ち上がると、窓の外を見やった。霧のような雨で、ガラスは細かな水滴に煙っている。
 それからブローノは視線を戻し、澄んだ瞳でアバッキオを見上げた。
 少年に見つめられると、アバッキオは思わずドキリとした。
 その顔は子供扱いするのが滑稽なほど、何もかも分かっているおとなの顔だった。
 ブローノは刑事の欺瞞に気づいている。そして刑事も少年が気づいていることを知っている。
 そんなのよくあることと言ってしまえば、それまでだけど。
 
 

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