刑事×水商売

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あまりカウンターを空けるわけにも行かず、億泰はタバコ一本だけですぐに店内に戻り、その日はそれで別れた。
結局、億泰から形兆の情報はいっさい得られなかったが、彼がずっと兄と繋がっているというのは、仗助にもわかった。
億泰は嘘が下手だ。
音石明という男を知らない、と答えた時は、心底きょとんとしたマヌケな顔をしていた。
音石の窃盗についても本当に知らないのだろう。
しかし、形兆の名前がでると、必死に動揺を押し殺そうとしているのがありありと見てとれた。

ところが、肝心の捜査の方がすぐに終わってしまった。
音石のいう『不思議な力』なんてものを警察が信じるはずもなく、罪を逃れるために適当に形兆の名を出したのだろう、というのが取り調べを担当していた上司の見方だ。
数年前にほんの短期間だけ杜王町で暮らしていた虹村形兆という男が市内にいたという痕跡も、何も見つからなかった。
誰に説得されようと本気で形兆の存在を主張する音石は精神疾患で片づけられ、減刑とともに、特別な施設に入れられる事になった。
それでなくても、警察は絶えず人員不足に悩まされ、多くの事件を扱っている。
単純な窃盗事件などをいつまでも追いかけている余裕は、どこにもなかった。

スタンド、というものを実際に知っている仗助は、もちろんそんななあなあの解決に納得していない。
だからといって、警察で彼ができる事は、もう何もなかった。


数日が過ぎた。
深夜過ぎだった。
混雑しているバーカウンターの向こうに仗助の姿を見つけた億泰は、あからさまに迷惑だというように鼻に皺を寄せた。
「億泰、オマエの彼氏が来たぜ」
誰ともなく、店内から声がかける。
まだニ度目だというのに、仗助の顔はすでに常連に知れ渡っているらしい。
すっかり『彼氏』という事で納得されているのが気にはなるが、否定すればいったい何者だという詮索が始まるだけだ。
ここは誤解させたままにしておくのが得策だ。
カウンターでこの前と同じビールを頼むと、瓶とグラスを差し出すついでに億泰が顔を寄せて小声で囁く。
「なあ、悪いが、別の日にしてくんねえか。そうそう何度も出てらんねえんだよ」
「……今日は店が終わるまで待つぜ、どうせ明日は非番だしよ」
たっぷり時間があると言わんばかりの仗助に、億泰はうんざりしたように顔をしかめる。
「もー、二人して熱々じゃないの、見せつけてくれちゃって」
カウンターの数人置いた所で飲んでいた派手な服装の男が、オネエ言葉で冷やかしてくる。
「億泰ぅー、オマエウブそうなフリしてたくせに、いつの間にこんなイケメンの彼氏捕まえたんだ?羨ましいじゃねえか、ったくよぉ」
「そうだよ、どこで出会ったんだよ、教えろって」
仗助の隣にいた常連らしきサラリーマン風の二人組が興味津々に身を乗り出してきて、億泰の顔が強ばった。
……やっぱりこいつ、嘘が下手だ。
「俺ら、高校の同級生っスよ」
仗助は、咄嗟に頭をかきながらへらっと答えた。
「いやー、あの頃はお互いこうなるとは思ってなかったんスけどね」
どう見ても、億泰より仗助の方がこういう場合に口で誤魔化すのに長けている。
「うわー、出会いは高校生かー、甘酸っぱいねー」
「ふたりともすげーお似合いだよ、億泰、よかったな」
適当な嘘を信じた男たちからぽんぽんと背中を叩かれ、ただの出任せだというのに、少し照れくさくなってしまい、仗助は顔を赤らめた。
その後も、まだ20歳そこそこの億泰と仗助を肴にして、周りは勝手に盛り上がっている。
その隙に乗じて、億泰が仗助に耳元に顔を寄せる。
「……杜王町駅ロータリーの前のコーヒーショップ。あそこなら24時間やってっから。店出れんの3時過ぎになるけど、それでいいなら待ってろよ」
それだけ言うと面白くなさそうにまた仕事に戻る。
仗助が上手く関係を誤魔化したのを、少しは恩義に思っているようだ。
まあ、刑事につきまとわれてるなんて分かったら、最悪、億泰はこの店にはいられなくなる。
軽くうなずいてみせると、仗助は店を出た。
ずっとここにいると、変な熱気にあてられてしまいそうだ。


言葉どおり、深夜3時過ぎに億泰はコーヒーショップにやってきた。
S市から離れた杜王町だから、お仲間と出くわす確率はほとんどないはずだ。
この時間なら交通手段はタクシーぐらいしかないが、当然のようにタクシーで帰宅できるくらいの余裕が、あるのだろう。
貧乏刑事とは稼ぎが違う。

席につくなり億泰はタバコをくわえる。
向かから仗助が手を伸ばし火をつけた。
「で、何の用だよ?」
イライラと膝で貧乏揺すりをしながら、億泰が憮然と口を開いた。
「音石って野郎の件はもうすんだんだろ?もう俺につきまとうなよ、店クビになったらどうしてくれんだよ」
「何で知ってんだよ」
仗助は面白そうに尋ねた。
「は?」
「音石の捜査が終わったこと、何でおめーが知ってんだ?」
「そ、そんなのどうだっていいじゃねえか。噂が流れてくんだよ」
「へー、噂、ねえ……」
仗助は下目に億泰を見据えた。
仗助が接触するまで音石の情報など何も持っていなかったのだから、億泰に警察関係のツテはないはずだ。
情報源はおそらく形兆だろう。
億泰が形兆に音石について問いただし、形兆がその動向を探ったのだ。
「まあ、どんな噂だろうと別にいいんだけどな……」
億泰の注文したブレンドを持ってきた店員をやり過ごし、仗助は店内を軽く見渡した。
夜を徹しておしゃべりしている学生二人と、寝ているように静かに文庫本に目を落としている若い男の他は客は誰もいない。
「これは仕事とはちと違う話だ」
肘をつくと仗助は億泰の方に顔を寄せ小声になった。
「なあ、億泰、おめー、スタンド使いだろう?」
煙草の煙を吐き出していた億泰の動きが止まる。
「……っ、な、なんだよそりゃ、そんなもん、俺は知らねーぜ?」
落ち着かなげに三白眼がきょろきょろと動く。
あまりに分かりやすく動揺しているので、仗助はかえってこの厳つい男が可愛らしく見えてきた。

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