刑事×水商売

 back


1


その店は一見普通のバーに見えた。
照明は薄暗く、80年代に流行ったアップテンポで耳障りの良い洋楽が流れている。
フロアは人がひしめき合っていた。
それぞれがカクテルグラスを片手に、音楽のリズムに合わせて軽く体を動かしている。
壁際のテーブルもほぼ満席で、客たちが顔をつき合わせておしゃべりに興じていた。
都会だったらどこにでもあるような、何の変哲もない店だ。
ただ一点、客が全員男だという点を除けば。

重い入り口のドアを開けた東方仗助は、ゆっくりとした足取りでフロアの人並みをかき分けながら歩いた。
すれ違う男たちのほとんどが、仗助の方に視線を引き寄せられている。
人並みはずれた長身に、時代遅れのリーゼント、ハーフ特有のくっきりした顔立ちは、街中で普通にしいていても目立ってしまうのだが、これだけ人がひしめき合っていれば尚更だ。
照明が暗くて助かった、と仗助は内心で冷や汗をかいていた。
フロアにいる男たちの年齢は様々で、学生のようなラフな格好をしている者から、いかにも会社帰りのサラリーマンというスーツ姿まで、多種多様な集まりという趣だ。
意外というか、みんな小綺麗で、一見すると普通に社会生活を送っているのだろうと推測できるタイプの者ばかりだ。
その分、こうした店では羽目をはずしているんだろうが。

革ジャンの袖を誰かに捕まれて、仗助はぎくっとなって立ち止まった。
「お兄さん、一人?」
髪を逆立てたクリエイター風の男が顔を寄せてきた。
「え、えーと……」
何とか平静を装おうとしたが、つい口ごもってしまう。
「ここ、初めてだろう?あんたみたいないい男、前にも来てたらすぐ評判になるだろうからな」
いかにも物なれなさがにじみ出ている仗助に、男は機嫌良さげに笑いかけてくる。
「何なら、いろいろ教えてやるぜ?あっちの部屋で」
顎で奥の個室を指している。
この様子ならおそらくただのナンパだろう、とアタリをつけると、仗助は少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「いや、人を探してるんだ。悪りぃな」
腕を振り払いまた進み始めると、後ろではちっと舌打ちのがする。
奥へと進み合間にも好奇の視線にさらされ続け、何人かから声をかけられた。
おそらく常連ばかりで、口コミでそれなりの紹介でもない人間はおいそれとは入ってこないタイプの店だ。
新参者がいれば、物珍しさに注目を浴びるのは致し方ないところだろう。
これまで女からはしょっちゅう声をかけられた経験があっても、男からこういう目的で注目されたことのない仗助としては、戸惑う事ばかりだ。

苦労しながらも、ようやく店の最深部に到達する。
そこはバーカウンターになっていて、壁一面の棚には酒類がズラリと並んでる。
カウンターには、男同士のカップルが肩を寄せ合ってもたれ掛かっていたり、一人でいる者は肘をついて物色するような目線をフロアに向けている。

目当ての人間は、カウンターの中にいた。
虹村億泰。
うっすらと仗助の脳裏に記憶されている高校時代の姿と、あまり変わっていない。
独特の髪型、いかつい輪郭、顔に入った傷痕。
タンクトップの肩が、ほどよくついた筋肉で盛り上がっている。
高校時代の億泰は、派手な改造学ランのボタンをいつもびっちりと首まで閉めていたが、その上からでも無駄な肉のない均整のとれた体つきであることは見てとれたものだった。
この店であんな風に肌を露出しているのは、動き安さの他に、男の目を惹く目的もあるはずだ。
無意識に億泰のむき出しの肩を凝視している事に気づき、仗助は気まずくなった。

億泰は慣れた手つきでカクテルをつくっていた。
長いグラスにマドラーをさし、カウンターの客の前に滑らせている。
ぽっかり空いている場所を見つけそこに体を落ち着けると、すぐさま、隣の男から視線を絡みつくような向けられる。
それを無視するように仗助はメニューを手に取った。聞き慣れない名の外国産のビールを頼むと、カウンターの中の億泰は事務的に後の冷蔵庫から瓶を取り出し栓をぬいて、グラスと共に仗助の前に置いた。
その時、客の顔を確かめるようにちらりと視線をあげた億泰と目があった。
そして億泰はハッと目を見開いた。
向こうも仗助に気づいたのだ。
仗助はためらいがちにひょこんと頭を下げた。
「おめー……東方仗助だよな?」
回りの客に聞こえないように、億泰は声を潜める。
実をいうと、仗助は高校時代から一度も億泰と言葉を交わしたことがない。
隣のクラスのちょっと目立つ柄の悪い奴。
おそらくそれが、お互いの印象だろう。
しかしこちらが億泰を覚えていたように、向こうも仗助の名前を覚えていたようだ。
「……おめー、まさか、こういう趣味だったんか?」
呆れたような億泰の言葉に、仗助は曖昧に笑って、それから革ジャンの内ポケットからちらっと黒い手帳を見せる。
億泰はすぐにそれが警察手帳だと察したようで、小さくため息をついた。
「すいません、知り合いが来たんで、ちょっと外出ていいっすか」
カウンターの隅で客と話し込んでいる年輩の男に、億泰は声をかけた。
「うそっ、そのイケメン君が、億泰くんの彼氏?」
常連らしき客の物見高い声を、億泰は即座に否定した。
「違いますよ、ただの高校時代の同級生っす」
「またまた照れちゃって。すっごいいい人捕まえたじゃない」
「……だから、違いますって」
億泰の焦ったような様子を、客たちはからかうようにニヤニヤ笑っている。
すっかり仗助を『彼氏』だと決めつけてかかっているようだ。
カウンターから出た億泰は、目でついてこいと合図をして、裏口から店の外に出た。

 back