砂の城 断章2
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「あんなに女の子たちに人気があるのにフェリックスは誰ともつきあう気はないのか」
アレクはふざけた顔で問いかける。
「そういうのは僕にはまだ早い」
「どうしてさ、フェッリックス、君、そんなに理想が高いのかい?」
……理想……。
不意にウォルフの顔が浮かび、苦々しげにフェリックスはかぶりを振った。
「誰ともそういう事は考えられないんだ。僕自身これからどうなるのかわからないのに、さきの事は考えられない」
だがその様子にアレクは何かに気づいたのか、はっとなってこちらを見た。
「フェリックス……まさか……」
「……ん?」
「まさか……本気で……ウォルフを……愛しているのか!?」
「よせよ……」
「あんなに年が離れてて……そのうえ、お前のお父さんを愛してた人じゃないかっ。おかしいだろっ、フェリックスに似合うわけがないっ」
「黙ってくれっ、君にそこまで言う権利はないっ」
ばしっと乾いた音が響き、少し遅れて痛みがやってきた。
フェリックスはアレクの手で打たれた頬をおさえた。
「申し訳ありませんでした、カイザー……」
我に返ったフェリックスは、胸に手をあて深く頭を下げる。
臣下の身を忘れ、出過ぎた事を言ったのはこちらの方だ。
アレクは無言のままきびすを返し、部屋を出て行った。
………すまない、アレク。
心の中で、もう一度皇帝に頭を下げる。
ふと、鏡に映る自分が目に飛び込んできた。
赤く腫れた頬、情けない顔、この顔が……。
『たまらない、どうしてそんなに似てるんだ……一緒にいると……気持ちが乱れてしまう……』
目を反らし、耐えきれぬようにつぶやいたウォルフ。
いつも穏やかなウォルフにあんな苦しげな顔をさせる男。
それが自分の実の父親なのだ。
………似ていると言われても、顔なんか覚えているはずもない、仕草もしるはずもない。
それでも……。
鏡を見るたび思い知らされるのか、これがウォルフの愛した男の顔だと。
……なぜ、ぼくの気持ちはウォルフしか望まないんだろう……。
どうしてウォルフじゃなきゃだめなんだろう。
愛されるはずもないのを知っているくせに、どうして僕の中はこんなにもウォルフの事でいっぱいなんだ……。
深いため息とともに、フェリックスはうなだれた。
……全て、消えてしまえばいい。
気がつくと、鏡はひび割れていた。
手から血の滴るのもかまわず、フェリックスはそこに立ち尽くしていた。
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