砂の城 1

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ある時期から、フェリックスは自分の容姿というものを、はっきりと意識するようになった。

父、母、兄と撮ったミッターマイヤー家の集合写真を見ると、彼はあきらかにひとりだけ異質の存在であった。

この家の人たちは、誰もが絹糸のような柔らかで優しい髪の色と、煙るような淡い色の瞳、丸みを帯びた輪郭を持ち、みな穏やかな顔つきをしていて、骨格は小柄であった。
そんな中に混じると、フェリックスの黒に近いダークブラウンの髪とラピスラズリのような深い青の瞳、面長の顔ととがった顎、ごつごつとした骨格は、真っ白な便箋の上のインクブルーの染み、晴れた夏空の中に浮かぶ黒い雲のようだ。
ひとめで、この一族の者ではないとわかるのだ。



兄のハインリヒ・ランベルツは10歳以上も年上で、フェリックスが物心ついた時にはすでに士官学校の寄宿舎におり、卒業後は宇宙艦隊に入隊してしまい、あまり一緒に過ごした記憶はない。
兄というよりは、夏と冬の休みにしか会えない年上の親戚のような感覚だった。
いつも控えめな微笑みを浮かべ、誰にたいしても真面目に接する青年で、やんちゃで遊び盛りの弟にも根気よく相手をしてくれる。
フェリックスはいつでもその帰郷を心待ちにしていて、任務の合間に戻ってきて疲れている兄の都合などおかまいなしに、後をついてまわって遊んでとせがんだものだ。
両親に負担をかけぬ生真面目な兄は、父の事を時おり「提督」と呼び、すぐに慌てて「父さん」と言い直す。
階級を軍で叩き込まれる年齢を過ぎてから養子になった兄は、生涯その癖が抜けることはなかった。
軍時代の畏まった態度を見せるたび、両親はその時だけは手の掛からない長男に苦笑を漏らし、兄は照れたような笑みを返した。
そんな時の彼らはまるで共犯者のようで、彼らにしかわからない何か……絆と呼んでもいいようなものが確かにそこに存在していた。

不思議な事に、兄は父にどことなく似ていた。
ミッターマイヤー家の人たちよりも幾分濃いめであったが同じ系統の金褐色の髪を持ち、瞳孔の大きな澄んだ瞳、丸い輪郭の童顔に浮かべる温かな笑顔……それらすべては、写真で見た父の若い頃の姿を思い起こさせる。
血が繋がっていると言ってもうなずけるほどに。

子供の頃は、そんな兄の容姿が羨ましくてならなかった。
この家の人たちと同じようなハニーブロンドの髪に生まれついていたらどんなに良かっただろうと、何度か夢想した。
家族の中で疎外感があったわけではない、ただフェリックスは単純にその光のような色が綺麗だと思っていたし、両親や兄とお揃いになりたいという子供らしい欲求があった。
幼いフェリックスは、兄と二人きりになると、よく兄の癖のある柔らかい髪の一房を手に取っては「綺麗な髪だね」とつぶやいた。
兄はいつでもフェリックスのしたいようにさせてくれるのに、この時ばかりは少し困ったような顔になる。
そこには家族の中で一人だけ異質な風貌を気にする弟へのいたわり以外の、何かがあるようにも思えた。
そして複雑な兄の表情から、人前ではこのようなことは言わぬ方がいいと悟るぐらいの分別が、フェリックスにはあった。



彼は漠然と理解していた。
両親も兄も、血の繋がりがないという事。
周囲にも、隠す者はいなかった。
家を訪れる人々がフェリックスの頭を撫で「似てきたなあ」とつぶやけば、それは両親にではなく別の誰かのことだった。
たとえ隠そうとしてもこんな無駄な事はない、フェリックスの顔つき、黒に近い髪と深海のような青い両目を見れば一目瞭然の事だったのだ。


幼き日のフェリックスにとって、そんな事は些細な事だった。
彼を取り巻くものはすべてが優しく、両親と兄は存分に愛を与えてくれたし、小さな庭のある二階建ての白い家は光に満ちあふれている。
一歩門の外に出れば、国務尚書の住まいとして蟻の子一匹自由に入る事のできないほど厳重な警備が敷かれていたとしても、この家の中だけはいつも穏やかで懐かしい時間が流れていた。
自分の周りにある世界のすべてを、父を、母を、兄を、フェリックスはその幼い一途さでもって愛していた。


今から思うと、なぜ父と兄が似ているのか、フェリックスには分かる。
後になって周囲の人々のハインリヒに対する視線や反応から、彼らみながその事を理解していたのは明白だった。
もしかしたら、ミッターマイヤーもそれに気づいて、縁のないハインリヒを養子にしたのかもしれない。
そして、髪に触れるフェリックスを好きなようにさせながらも、少し戸惑った目で見ていた兄が何を考えていたのかも分かったような気がした。
そう遠くない昔、やはり同じように兄の髪に触れた者がいたのだろう、それとあまりにも似ているフェリックスの顔、仕草は、兄を困惑させるには十分だった。
そしてその男も、フェリックスも、自分を通して誰を見ているのかハインリヒはちゃんと心得ていた。


ハインリヒ・ランベルツは、あの男の従卒だった。
あの男が選び、自分の下につけて、死の間際まで側においた少年だった。
彼がウォルフガング・ミッターマイヤーに似ている者を選ぶのは、あまりにも当然の事だったのだ。
 

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