スターダストメモリー




いつも星空ばかり見上げていた。


幼い頃から遠い空を見上げては、大きくなったら、大人になったら、星の大海を自由に行く日を夢見ている子供だった。
もっと高い位置から見る空は、いったいどんな景色なんだろう。

両親や親戚連中の体格からくる遺伝的要素から鑑みて、自分の身長があまり大きくならないであろうことは分かっていたが、それでもある時期までミッターマイヤーはそれなりに期待していたことは確かである。

20歳を過ぎてさすがにそれが叶わないと分かると、今度はそのハンデを補う事に腐心するようになった。
これが、日常生活なら身長など大した支障もないのだが、何しろ軍隊という所は体格がモノを言う所だ。
剣技や白兵戦の実技訓練では、相手より、より疾く、疾く動く事を自らに課した。
そうでなければ、ここでは生き残れないのだ。


帝都オーディンの放埒な夏の宵。
群青の空に散った星たちをまたたく中、甘い香りのする南風が、頬を撫でるように吹き抜けていった。
風で乱れた前髪が邪魔だと自分で思うよりも先に、僚友のがポンと頭に乗せられた。
大きな手が良いように蜂蜜色の髪をくしゃっと撫で、前髪を払う。

「おいっ…!」
抗議するように口を尖らせ隣を見上げると、ロイエンタールがからかうような笑みを浮かべていた。
「目に、入りそうだったからな」
手櫛でさっと髪を整えてから、ロイエンタールは何事もなかったような彫像のような顔を前に向ける。
「それより早く戻らないと、明日の訓練に差し支えるのではないか?」
官舎に門限などはないが、それでも深夜を過ぎて通りをウロウロしているのは誉められたものではない。

大股で歩き出す悪びれる様子もない姿に、ミッターマイヤーはため息をついた。
士官学校の時には友人達から始終やられていた頭を撫でるという行為を、今のミッターマイヤーに気軽にしてくる命知らずは、彼くらいなものだ。

こんな風にロイエンタールと話す時、いつも彼の肩越しに空が見えた。
ロイエンタールには、どう見えているのだろう、とたまに考える事がある。
いつも見上げる自分と、見下ろしている彼と。
堂々たる長身も顔の造作もすべてが完璧に見えるこの友は、果たして自分をどう見ているのだろう。
対等に見てもらっているのかもアヤしいものだ。
自分より頭一つ高い所から見る景色は、想像もつかない。

寝静まった街の灯りに伸びた影の背の高さもだいぶ違う。
いつか、追いつけるかのかなと、ぼんやりとこれから先の時の長さを思う。

「おい、危ないだろう」
「えっ…」
右腕を引かれ、ミッターマイヤーは我にかえった。
ぼーっとしていて、石畳みの道の段差に足を取られそうになっていたらしい。
彼の慌てぶりにくっと喉の奥で笑うロイエンタールを横目で見て、はあ、こいつならきっとこんな失敗はしないよな、とため息をつく。

笑うなよ、と抗議をしようとまた隣を見上げ、目があうと、ロイエンタールは急に真顔になった。
街灯の火影がロイエンタールの顔半分を隠してしまい、今は蒼い方の目だけがじっとこちらを見ている。
いつもなら居心地いいはずの慣れた沈黙が、今日はやけに気まずくなって、思わず俯く。
不意に、ロイエンタールの両手がミッターマイヤーの頬を包み込む。
こんなに暖かい夜なのに、ロイエンタールの指先はひんやりとしていた。
そのまま、ぐいっと、少し乱暴に仰向かされた。

天頂を向かされたミッターマイヤーの目に、夏の星座が飛び込んで来る。
宝石箱をばらまいたように散らばる光に吸い込まれそうになり、あの光のうちのいくつかは、この惑星に届く前に死んだ星だ、と、場違いな事を思った。
気がつけば、恐いほど近くに、こちらにかがみ込んでいるロイエンタールの顔がある。
だんだんとその顔が近づいて来て、ミッターマイヤーの視界を覆う。
星は見えなくなったが、その代わりに闇に浮かぶ新星のような蒼い瞳に魅入られる。
その瞳を、綺麗だなと素直に思った。
どうしていいかわからなくて目を閉じると、唇に唇が触れる。
それは優しく触れて一度離れ、たまらなくなったミッターマイヤーがロイエンタールの背に腕を回すと、また口づけが降って来た。
抱きすくめられると何だか切なくて、でも、不思議と心地よかった。

たぶんそれはほんの一瞬だったのだろうけど、永遠の長さにも感じられた。
解放された時には、不自然なほど鼓動が早くなっていて、自分が自分でないような気がした。
穏やかな宵の風がまた髪を嬲って行き、それを手で抑える振りをしてロイエンタールから顔を逸らせた。

それから、どちらも何も言わずに、帰った。
別れ際のロイエンタールは、どこか痛みをこらえるような顔をしているような気がした。
その表情は、街灯の影になっていてよく見えなかったけれど。

何か言わなくてはいけないような気がしたけど、上手く言葉にできなかった。
 
ミッターマイヤーにとって一つだけ確かなのは、自分は、きっと、この夜の星空を一生忘れられないだろうということだけだった。






- end -

202-08-30

かわいくしてみた、だ、だめすか…?