heavenly




最果ての星は、一年中、雪が降っていた。
ここは季節というものがない世界だ。
永遠に、ただ漫然と冬が続いている。

それでも日付は帝国標準時に合わされ、一日がほんの少しのズレた時間とともに過ぎていく。

あと一週間で今年が終わろうという日に、ロイエンタールは自分の部屋にミッターマイヤーを招待した。
今更招待という間柄でもないが、オーディンから取り寄せた出来の良いワインを振る舞うには口実があった方が良い。

外は荒れ狂う吹雪で、視界がほとんどきかない。
鋼鉄で雪から遮断されたホールでは、カウントダウンのように夜毎兵士たちによるパーティーが開かれていた。
年内の戦争はもう終了という安逸な気分が、基地中に蔓延している。

「女がいないから自棄になってるんだな」
ミッターマイヤーは、灰色の瞳に苦い笑いを浮かべた。
この部屋にくる途中も、賑やかな音楽がホールから流れ出し、兵士たちの酔いにまかせた馬鹿騒ぎが聞こえてきた。
「あいつらくじで女役を決めて、ダンスに興じている」
「くだらんな。女など必要あるまいに」
盟友のグラスにワインを注ぎながら、ロイエンタールが呟く。
ボトルはすでに二人で1本開けていた。
「卿の言葉とも思えないな」
ほんのりと頬に赤みがさしたミッターマイヤーは、呆れた風に息をついた。
前線基地とはいえ士官の部屋は重厚なつくりで、古風な暖炉が部屋を暖めている。
「今日だけで3人から言われたぞ、ロイエンタールは女がいないから退屈してるだろうと」
何で俺に言ってくるんだ、と不満げなミッターマイヤーは、この基地からも故郷の奥方にマメに手紙を書いていて、他の女には用がない。
「本気だぞ、俺には女は必要ない」
女性観が決定的に異なる二人は、つとめてその議論をしないようにしている。
だが、今日のロイエンタールは酒が入っているせいか、その話題を続けたがった。
「俺が子供の頃に読んだ本でな、古代キリスト教の創世神話だ」
「ほう?」
ミッターマイヤーがおとなしく聞く気になったのは、
ロイエンタールが少年期の話をするのは滅多にないからだ。
「神は7日間で世界を創った。最後に男を創り、男が寂しくないようにと女を創った。二人は何不自由のない楽園で暮らしていた」
地球で隆盛を極めたこの宗教は、今では教義の部分が薄められたおとぎ話としてだけ語り継がれている。
「ところが女は、邪悪な蛇にそそのかされて知恵の実という禁断の果実を口にしてしまう。男もまた女にほだされ果実を口にした。以来、人間は堕落し、この世は楽園でなくなった。……この話を読んだ時、俺は間違っていないと思った。女は男を堕落させるために存在している」
淡々としながら、どこか満足げにロイエンタールは語った。
「ずいぶんな子供だなあ」
それがミッターマイヤーの率直な感想だ。
「子供向けの教訓話じゃないか。なんでそう曲解するんだ」
「この話の教訓は、女が生まれつき男にとって災いとなるという所だ」
「そんなの個人差だぞ。邪悪にそそのかされない人間は大勢いる」
「卿はそうだろうが」
「まあ、俺は食わないな。他に食べるものがあるなら。だって、何で食う必要がある?」
ミッターマイヤーは、特に道徳を主張するでもなく、自明の事のようにアッサリとしていた。
異質なものを見るように、ロイエンタールが目をすがめる。
「そう言うと思ったがそこまで言い切れるのはすごいな。普通の人間は見るなと言われれば見たくなるし、開けるなと言われた箱は開けたくなる」
「テレビのコメディアンじゃあるまいし」
革張りのソファに自堕落に背を預けて、ロイエンタールは愉快そうに口元で笑った。
「卿と一緒にいれば、俺は堕落しないですむな」
「他人に頼る事じゃないだろう」
「いや、誰かの助けは必要だ」
ロイエンタールが手を伸ばし髪に触れようとするのを、ミッターマイヤーは邪険に振り払った。
「助けって、そういう事かよ?」
「普通の人間は、触るなと言われたら触りたくなるものだ」
無遠慮に隣に移動してくる友人を、ミッターマイヤーはため息混じりに迎えた。
それで許しを得たかのように、ロイエンタールは肩に手を回しミッターマイヤーの頬に口づけた。
「今夜は旧い聖人の誕生日だ。俺も少しぐらい救われたい」
おどけた事を言う友人は、顔色に変化はなくとも酔いがまわっているらしい。
「やっぱ離れろ、熱い」
部屋の暖気とアルコールによって持たらされる熱で、ミッターマイヤーの体は火照っていた。
「いやだね」
鬱陶しがる体にまとわりついて、蜂蜜色の髪に顔を埋める。
「……これは堕落じゃないのか?」
諦めのように、ミッターマイヤーは抗う力を抜いた。
「違う、救済だ。俺が生きるために必要だから」
「だからいつも女が必要なわけか」
「女はいらないと言ったろう」
蒼と黒の瞳が、ミッターマイヤーを捕らえた。
楽園の蛇もこんなに美しかったのだろうか、とミッターマイヤーは不思議な感慨で神秘的な瞳に魅入った。
この宝石はいつも飽きることのないように、ミッターマイヤーを見つめている。
おとなしくなった体を腕に収めたロイエンタールの口元が、愉しそうに歪めた。
「ミッターマイヤー、卿は聖人だ。堕落する事はない。その替わり人を救う義務がある」
「どこが……っ」
みなまで言わないうちに、ミッターマイヤーの唇は塞がれた。

触れるだけのキスが、やがて深いものになる。
手と手、胸と胸。
同じ器官を持つ者同士。
汗が混じり合う。
一つに繋がる。
自分の下で息を乱すミッターマイヤーを、ロイエンタールは守るように抱きしめる。
慰めはほんの一瞬の事だとわかってはいても。
救われる。

罪を知らない子供のように、ミッターマイヤーは眠っている。
うつらうつらしながら、ロイエンタールはその体を抱き込んだ。
彼はずっと綺麗なままだ。
やはり少年の日の直感は正しかったのだ。
ロイエンタールは、あの時すでに運命を知っていた。
楽園に女はいらない。
お前といる場所が楽園だよ。
明日になれば吹雪はやんで、晴れ渡る白銀の世界がその目に映るだろう。
二人きりなら、俺はいつまでも堕落せずにいられるのに。


- end -

2012-12-24

クリスマスっぽく。