シンデレラは眠れない

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ホテルの時計が、もうすぐ深夜0時を告げようとしている。
ロイエンタールは、グラスをふたつ用意して待っていた。
……待ち人はまだ来ない。

彼の誕生日が終わってしまうというのに。




ミッターマイヤー配下の艦隊の連中が、自分たちの敬愛する上司のために盛大な誕生パーティーを企画している。
あいつらはミッターマイヤーを崇拝しきっているし、若い奴らが多く、やたら団結力があってノリがいい。
独身ばかりで揃いも揃って暇なのも、それに拍車をかけている(奴らが何故いつまでも独り身なのかがよくわかるというものだ)。
数ヶ月前から、この娯楽の不自由な遠征先でも会場をおさえ、オーディンから奥方のエヴァンゼリンや士官学校時代の教官などからビデオメッセージをとってくるのはもちろん、音楽の生演奏を入れ、余興に芸人を呼ぼうなどと、やたらと力を入れまくっているらしい。


こんなに大勢の部下を持つ前は、ミッターマイヤーは誕生日というと、必ずロイエンタールと一緒に過ごした。
何しろ、知り合ってからの腐れ縁、二人は勤務地がずっと一緒だったのである。
長く前線を転々としていた二人は、故郷であるオーディンに落ち着いていたことはほとんどない。
そのため、ミッターマイヤーは、奥方のエヴァンゼリンよりも、ロイエンタールと過ごしている時間の方が遙かに長い。
何の約束などなくても、毎年自然と互いの誕生日を二人で祝う事が多くなろうというものだ。
(実はミッターマイヤーに近づきたい奴が出てきても、その辺はうまくロイエンタールがブロックしてきたのだが……)


ところが、階級もあがり、自分の艦隊を持つようになると、なかなか身動きが取りづらくなる。
噂を聞いた時は、さすがのロイエンタールも愕然とした(もちろん顔には出さず)。
そんな予想外のところにトラップがあったとは。
戦場ではイマイチ気がきかない脳天気な連中のくせに、こんな時だけ団結しやがって。
どうせバイエルラインの青二才あたりの発案だろう、お調子者のドロイゼンも怪しい。
あそこの艦隊でまともなのはビューローぐらいだ。

しかし、事前に情報を仕入れていたおかげで、ミッターマイヤーが「今年は部下が誕生パーティーを開いてくれるらしい」と聞かされた時、ロイエンタールはしっかり心のと準備ができていた。
余裕でニヒルな笑みなんか浮かべていられたのは幸いだ。
「卿も来ないか?」と誘われたが、もちろん、あいつらの貧乏くさいどんちゃん騒ぎになど関わりたくもないので、丁重にお断りした。
それでもミッターマイヤーは、すまなそうな顔つきである。
毎年共に過ごしていて、今年もスケジュールを空けていただろうロイエンタールに申し訳ないという気持ちもあるのだろう。
しかし人の良い彼としては、部下の方も無碍にはできない。
これまでも、ロイエンタールと、バイエルラインら部下達がミッターマイヤーを巡ってブッキングする事があったが、板挟みになるたびにミッターマイヤーは「みんなで一緒に飲めばいいだろう」と無邪気な提案をしてくる。
まったく鈍感な奴だ。
双方、それだけはごめんだというのに。
ロイエンタールとしては、あんなしょうもない奴らと十把一絡げにされたくないし、部下どもは部下どもで窮屈な思いをするだけなのだ。

だが、ロイエンタールには数日前から練っていたとっておきの秘策があった。
「そうか、しかし残念だな。数日前に410年ものが手に入ったのだがな、せっかくだから卿とあけようと思っていたのだが……」
「410年もの!?」
ミッターマイヤーの顔が、途端に輝いた。
口に入るものに簡単に釣られる、あいかわらず素直で可愛い奴だ。
が、すぐにミッターマイヤーは思案の顔つきになり
「いいのか、その、俺なんかに……先約があるんじゃないのか?」
「年に一度のことだ……と言いたいが、そちらこそ先約があるようじゃないか」
「……うん、で、でも、終わったら、そっちに合流しようかな?」


これで万全だ。
ミッターマイヤーを釣るにはこれが一番なのだが、ミッターマイヤーの部下どもにはとても不可能な作戦と言ってもいい。
410年ものは希少性が問題である。
入手するには、金だけ積んでもだめだ。
青二才どもも、必死で410年ものを探したらしいが、どこのワイン商にもコネのないあんな雑魚連中がおいそれと手にできるものではない。
奴らも安月給から奮発してプレゼントを用意しているだろうが、これにはかなうまい。
奥方のビデオレターなど、鬱陶しいほどしょっちゅうヴィジホンでいちゃいちゃ連絡を取り合ってる夫婦にとっては、珍しくもないのだ。



そうこうしているうちに、部屋のチャイムが鳴る。
「……ロイエンタール?遅くなってすまない」
ミッターマイヤーが、ドアから半分、おずおずと顔をのぞかせた。
毎年誕生日でも気の置けない酒場で乾杯していたのだが、今年は部下どもが用意した場末の酒場との差別化をはかるため、ロイエンタールもついついホテルの最上階のスイートなんかとってしまったのだ。
ついにプレゼントで薔薇の花束など用意してしまったが、これは恒例のプロポーズネタでからかうための仕込みである(あくまで仕込みだからな)。

こんな場に来慣れないミッターマイヤーは、どうも気後れしているようだが、それでも遠慮がちに部屋に入ってくると、部屋に漂う芳醇な香りに鼻をひくっとさせている。
ほんのり頬が紅潮していてたいへん可愛らしい。
きっと部下どもの宴会で、安酒をしこたま飲まされたのであろう。
良いワインでもっと酔わせてやりたいものだ。
待たされ、焦らされた分、つい思いっきり抱きしめてしまいたくなるが、まずは本題をすませてしまわなくては。

ロイエンタールはグラスを二つ持って、片方を相棒に手渡す。
「誕生日、おめでとう」
グラスを受け取ったミッターマイヤーは、ロイエンタールを見上げ、とびきりの笑顔を浮かべた。

時計の針は0時をすぎているが、何も気にすることはない。
誕生日が過ぎても、魔法は解けないのだから。
 
(2013/08/30)

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